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名古屋地方裁判所一宮支部 平成10年(ワ)174号 判決 1999年8月12日

主文

一  被告は、原告に対し一八〇〇万円及びこれにつき平成一〇年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告)

(主位的請求)

主文と同趣旨及び仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告は、原告に対し平成一二年五月一三日限り一八〇〇万円及びこれにつき同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 主文第二項と同趣旨及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告)

1  原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因(原告)

1  原告は、昭和六三年一月一八日、被告に対し入会保証金(以下「保証金」ともいう)一八〇〇万円を預託した。

2  (主位的請求)

(一) 原告は、右金員を預託することにより、被告の経営する鈴鹿の森カントリークラブ(以下「本件クラブ」という)に入会した。

(二) 原、被告間には、本件クラブの会員が会員資格を喪失したときには、被告は、入会保証金を返還するとの約定がある。

(三) 原告は、平成一〇年五月八日に被告に到達した書面で、本件クラブを退会し、書面到達後二週間以内に入会保証金の返還を請求する旨通知した。

(四) これにより原告は、平成一〇年五月八日限り本件クラブを退会した。

(五) よって原告は、主位的請求の趣旨記載の判決を求める。

3  (予備的請求)

(一) 原、被告間には、会員が入会後一〇年以内の退会の場合には、入会の日の翌日を起算日として一〇年が経過した後会社の規定により返還する旨の約定がある。

(二) 本件クラブは平成二年五月一二日開業した。

(三) したがって仮に開業前に保証金を預託した者が、開業日に入会し、正会員になるとすれば、原告は、本件クラブの開業した日に入会し、正会員の資格を取得した。

(四) 主位的請求(三)、(四)に同じ。

(五) よって被告は、平成一二年五月一三日限り、保証金を支払う義務がある。

(六) ところがこれにつき被告は、会員となって一〇年の据置期間経過後も、保証金の返還の可能性は困難で、据置期間を延長しなければ倒産するほかないとして、任意支払いの意思を有していないことを表明している。

(七) よって原告は、予備的請求の趣旨記載の判決を求める。

二  被告(請求原因に対する認否)

1  請求原因1の事実(預託金の払込み)は認める。

2  同2の事実(主位的請求)は、入会の日が昭和六三年一月一八日であることは否認し、その余は認める。原、被告間には、会員が入会後一〇年以内の退会の場合には、入会の日の翌日を起算日として一〇年が経過した後会社の規定により返還する旨の規定があり、入会の日とは、正会員の資格を取得した日、すなわち本件クラブの開業した平成二年五月一二日である。したがって被告は、平成一二年五月一三日まで、保証金を支払う必要はない。

3  同3の事実(予備的請求)は認める。

三  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  争いのない事実

1  原告が、昭和六三年一月一八日、被告に対し入会保証金を預託したこと(請求原因1の事実)は当事者間に争いがない。

2  被告が経営する本件クラブが平成二年五月一二日開業したこと(請求原因3の(二)の事実)も当事者間に争いがない。

3  また当事者間には、本件クラブの会員が会員資格を喪失したときには、被告は入会保証金を返還すること、但し会員が入会後一〇年以内の退会の場合には、保証金は入会の日の翌日を起算日として一〇年が経過した後に返還するとの規約があること(請求原因2(二)及び同3(一))も当事者間に争いがない。

二  当事者間の約定の解釈

1  そうすると本件争点は、原告が本件クラブの会員となったのが、入会保証金の振込日であるか、本件クラブの開業日であるか(の解釈)に尽きる。

そこで弁論の全趣旨と甲一、乙一、三、五と争いのない事実によりこれを判断する。

2  これに関する規約は、

(一)  「この入会保証金は会員が会員資格を喪失したときには会社は返還するものとする。ただし、入会後一〇年以内の……退会の場合には入会の日の翌日を起算日として一〇年が経過した後会社の規定により返還する(甲一)。

(二)  「このクラブに入会を希望する者は、所定の申し込み手続きにより理事会の承認を得て会社が別に定める入会保証金及び名義登録料を会社に払込むことにより会員資格を取得するものとする。」(乙一、会則五条)

(三)  「第五条の規定により会社に払い込んで会員になった者が会員資格を喪失したときには会社は返還するものとする。但し、入会後一〇年以内の退会……に該当する場合には払い込みの日の翌日を起算日として一〇年が経過したあと会社の規定により返還するものとする。」(同、会則八条)

(四)  「第五条の規定にかかわらず正会員入会希望者としてゴルフ場開業の日以前に同条所定の手続きを完了したものはゴルフ場開業の日に正会員の資格を取得するものとする(同、会則二九条)。

3  ところで預かり証(甲一)の券面の記載は、必ずしも規約を正確、詳細に記載したものではなく、いわば象徴的な文言であるから、これに依拠して起算日を解釈すべきものではない。

そして会則(乙一)第五条は、会員資格取得の要件の原則を定めたものであり、それによれば入会希望者が会員資格を取得するには、入会保証金(及び名義登録料)の払い込みが必須要件である。換言すれば入会保証金の払い込みが即ち入会であり、会員資格取得である。そして会則第八条は、会員が退会した場合の「保証金の返還」手続きを定めたものであり、その但し書きによれば、入会後一〇年以内の退会の場合には払い込みの日の翌日を起算日とする旨明記している。すなわち会則上保証金を支払いながらつまり、入会しながら会員ではない存在を想定する規定は見当たらない(そのこと自体は被告も認めているとおりである)。

ところで被告は、発足もしていない本件クラブの会員とか入会ということは客観的にあり得ないから、発足前に保証金を払い込んだ者は、正会員入会希望者に過ぎないと主張するが、そうだとすれば事実上入会しながら会員ではない者の存在を認めることになり、その論理は自己撞着に陥り、かつ一八〇〇万円もの高額な払い込み行為を法律上無意味な行為と評価することになり到底是認できるところではない。そしてもし仮に開業前に保証金を払い込んだ者の返還の据置期間の起算日が開業日の翌日とする、とのいわばその者にとって不利な約定を主張するならば、その旨規約上明記しなければこれを対抗できないと解すべきである。

また被告は、会則二九条をもって自己の主張を援用するが、同規定は、会員は、開業の日以前には、具体的な権利の行使、たとえばゴルフ場を利用したり、クラブ主催のゴルフ競技に参加する等ができないことなどの当然のことを注意的に規定しただけであって、これをもって当裁判所の見解を左右するものではない。

次に被告は、縁故正会員募集要項では、その入会申込手続きにおいて、「期日迄にご入金なき場合は本クラブへの縁故会員としての、入会資格は喪失します。」と明記していること、開業の日の翌日を起算日とすることは据置期間を原則として一〇年とした期間を不確定にし、予定より開業日が延びた場合には、返還期日を延ばすことになり、会員に一方的に不利となること等を考慮すれば、当裁判所の見解が合理的であることを裏付けるものである。

以上のとおり被告の主張は理由がなく、原告が本件クラブの会員権資格を取得したのは、保証金の払込みの日であるから、退会する旨通知した平成一〇年五月八日にはすでに一〇年の据置期間を経過していると言わなければならない。

三  よって原告の本訴主位的請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹羽日出夫)

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